初心者が考えがちな「Linuxの普及しない理由」

初心者が考えがちな「Linuxの普及しない理由」 – 狐の王国

まんまと釣られてみる。
ぶっちゃけ「いや、別に普及しなくてもかまわんし」とか、けっこう本気で(苦笑)

以下、結局、何言ってるか分からないけど、ただの「触発された感想」です。

最近のUbuntu(ほんとはKubuntu)とか使ってみると、Windows とそんなに違うようにも思えないんだよね。そりゃ、お作法は違うけれども(<そこが重要だろーが)。

紫野は、ネトゲもエロゲもやらないので、Windows を使わないと出来ないことって実はあまりない…だから、Ubuntu 使っていても、そんなに違和感がないってだけかもしれない。なにせ、オールインテルのマシンだし、最近 wine を使えば、利用できる Windows のソフトもかなり増えたしね。(いや、wine って言ってる時点で、初心者向けではない。)

最近流行の低価格お手軽マシンのLinuxプレインストール版が、Windows版よりも「かなり」安価で提供されれば、日本でも発売されると、案外イケるのではないかと、実は思っている。(ま、いろいろハードルはある にせよ、ね。)こういうPCだけを使うユーザーは、ネトゲもエロゲもやらないような気がするしなぁ。最初が「そう」だったら、ずっと「そう」でも、違和感ないのじゃないの?

「最初」って意味では、小学校とか中学校のPC室には、Ubuntu とかインストールしたPCを設置したらば、どうなるだろう?オフィスソフトはOOoを入れておけば、なんとなく似てるし。(<これをやるには教える教師のほうに問題が出てくるんだよね。それに、利権があるから、実際に導入するのは難しかろう。本気でやるメーカーいるかな。)
でも、うちのお嬢に言わせると「そんなに違わない」みたい(<我が家のお嬢のPCのOSはWindows XP だが、MS Office は買えないので、OOo が入っている。)だし、子供は慣れるの早いし、自宅のPCと違っていても、そういうもんだ、と受け入れちゃいそうな気がする。うちのお嬢は、Windows 上の GIMP を、楽しそうに使っているし、OSが問題なんじゃなくて、アプリが問題って結論?(<をたくのムスメはをたく。)

優秀な営業とちゃんとやれてるように見えるサポート体制 なのかな。やっぱり。「見える」ことが重要ってオチで。

お受験をする理由

お受験をする理由|お受験のまとめ

うわぁ。すごい正直っ!…と逆に心配になったり。

まぁ、我が家の周りにも公団があるにしても、お春が通っていた小学校は、そんなに問題があったわけじゃありません。お春に言わせると、地元の子供の間では「いいこちゃん学校」と認識されているらしいので、偶然恵まれているだけですが。

公立を避けたいかどうか?は、やはり地域柄によることが多いのだと思います。お春が今通っている公立中学校も、そんなに困った状況になっているようには、今のところ見えませんし、保留つきにせよ、公立に行かせたくないとまでは思わないのでした。

中学校で、最初の懇談会に参加した感触では、逆に兄弟がたくさんいる家とか、両親ともに共働きの家がかなり多いと感じられて、懇談会に出席している母親sの言動を見ていると、むしろ、しっかりしている子供が多いのかもしれないなぁ、と。(自己主張が激しいのは長所でもある。表現形に問題があるのは、この時期、ある意味、仕方がないし。)(<当然「懇談会に出席した」方々の状況なので、出席してない方々を含めると状況は、かなり違うはずだけれど、まぁ、クラスの約半数から3分の2がそういう母親のいる家庭で育っているのであれば、それほど、ヒドイ状況には陥らないだろうと。楽観的すぎるのかなぁ。)

私立よりは公立のほうが、いろんな環境の人がいるのは確かなのだけれど、逆に、「いろんな人がいる」という洗礼を受けずに大人になったあとのほうが怖い、と紫野は思ってしまうほうです。たったひとりの大事なムスメ(苦笑)ですから、どんな環境下でも生き延びていけるような逞しいタイプになって欲しいのだよね。いつまでも親が守ってやるわけにはいかないのだから。
ま、でも、「一生知らなくてもいいこと」を知ってしまう可能性がより高くなるかもしれない、ってのは同意します。けども、今、親が「一生知らなくてもいい」と思っていたとしても、ほんとにそうかどうかは、分からんのですよ。人生は長く、波乱に満ちておりますから。

家庭訪問

諸般の事情により、夏休み中だが、学校の家庭訪問があった。この暑い中を何軒も訪ねて歩くという1点だけでも尊敬に値する。紫野にはとても真似もできぬことである。

さて、お春の長所は真面目なことで、短所は生真面目なことなのだが、学校での様子を伺っていると、やっぱり、言いつけ虫になっているみたいだなぁ、と苦笑せざるを得ない。
少女らしい潔癖さの現れなのかもしれないが、父親の性癖を継いでいるような気もする。たぶん、その両方なのだろう。

でも、それぞれの人にそれぞれの事情と感情があって、あなたの正しさが、他の人の正しさとは食い違う時もある。正しさは、その正しさ故に人を傷つけることがある。それが正しさを主張するときの難しさなのだ。(パパはそれで苦労しているのだぞ。)
人は、必ずしも正しさに従うわけではない。いずれ貴方も、貴方の正しさがその正しさ故に勝てないという経験をする事になるのだろうね。そのときに慰めになってやれたらいいのだけれど、それは甘やかしすぎかな。

「ケータイ安全教室」の映像教材を無料配布

NTTドコモ、「ケータイ安全教室」の映像教材を無料配布:モバイルチャンネル – CNET Japan

あぁ、たしかにこういうのは必要だよね。家庭での教育のために、ネット上に公開してくれればよいのに。

新刊リストをヴァージョンアップ

こみっくす感想日記 :: 紫野blog : Amazon2ical by 紫野

新刊リストをチェックするとき、60冊ぐらいまでだったら、直接オンラインで利用できる URL を表示するようにしてみました。表示しているのは、控えめに一番下のボタンのちょっと上です。たぶん、Google カレンダーでも使えると思うのだけれど。(<まだ、テストしてない。<テストしてみたら、うまく表示されなかった…。残念。<もっかいやってみたらURLで追加できた。タイミングの問題?)

それぞれの新刊のページで、サイト内検索の結果を追加表示してみたり、新刊リストの検索結果のダイジェストを著者名/出版社名のリンクでマウスオーバーするとツールチップで表示できるようにしてみたり、週末は、ちょっとばかりヴァージョンアップに勤しんでみました。

※ 8月分新刊リストも、公開済みです。

言葉の遣い方

asahi.com(朝日新聞社):言葉のしつけは母親から 若い世代ほど顕著 文化庁調査 – 文化

母親のほうが言葉の遣い方に敏感だ、と。分かるような分からないような。

たしかにしゃべるのは「母親(女性)の領分」みたいなところがあるが、単純に、父親は、言葉遣いを気にするほどには多量の言葉でのコミュニケーションを子供相手にとってない、ってことだったりしてなぁ、と思ったり。

だが、しかし、家庭での会話で「憮然」とか「檄を飛ばす」とかは使わないと思うんで、記事の前半と後半のつながりが、どうもしっくりこない。(<いや、同じ調査の結果なんだってことは、分かっているのだが。)

※「琴線に触れる」は「逆鱗に触れる」と勘違いしたのか?

業務をフローチャートにできない

フローチャートは基本、基本を大事にしようね。 | 日刊オレ小町

紫野はプログラムを書くことを仕事にしてはいないのだけど、業務をフローチャートにする仕事は、たまにやる。(この仕事、コンピューターのプログラムを作るために、ではなく、人間のために書くのが目的なんだな。)

で、現場の状況をヒアリングしていくと「もしかしなくても頭のなかにフローないんとちゃう?」という現場にけっこう頻繁に遭遇してしまう。「すげー、よく仕事出来てるな…」みたいな。フローがあるんじゃなくて、特定の刺激に特定の反応を返している場合(超詳細なケース事例集が自分のなかにあって、強烈な記憶力と着実な事務処理能力があれば、たいていの仕事は回るさ)、イレギュラーの刺激があると、固まっちゃうのね。んで、最近は、そこが問題視されてるわけなんだけど、現場ではそれが特殊なのかそうでないのかも分からなかったりする反応を見ていると、フローチャートだって十分高級だよ、と思うのであった(とほほ)

いや、もちろん、フローチャートがあろうが、マトリックス表があろうが、イレギュラーな緊急事態を突破するには、それだけでは足らないのだが、ないよりゃ、マシなのではないだろーか、と思うんだよぉ(泣)何かっていうと、出来ません、分かりません、やりませんの三段攻撃をされるとこっちも辛ひ。(<最近では、これに加えて、知りません、と、教えてもらってません、というのも頻繁に登場する。社会人になってまで、なにをゆーとるだ?!)

※ だから、そういう法律なんだってばっ!(内容には文句があるのはよーく分かるけどな)、やれませんじゃなくてやるんだよっ、ちゃきちゃきヤレ!。恨めしそうにこっちに文句を垂れるな…というのは、また、別の話(笑)

Amazon2ical

Amazon2ical 発売日をカレンダーで表示!

うぉぉぉっ。ちょーおもしれー。
こういうのが作りたいぞ。メラメラ。

肌の色違う双子誕生

asahi.com(朝日新聞社):肌の色違う双子誕生 両親の特徴それぞれ受け継ぐ – 国際

グロリア。
仲の良い兄弟として育ってくれるといいね。

恋とか、愛とかのすこし前(笑)

非モテとは男女関係のルールを勘違いしている男たちのことだった – ハックルベリーに会いに行く

それよりも、「相手はメス豚」とか「女なんてただの芋の煮っ転がし」とか「あいつらに人格はない」と考えた方が、男と女はよっぽど上手くいくし、結果的には相手を気遣えたことにもなる。

ちょっと言葉の遣い方に問題があるような気がするけれど、女である紫野が読んでも、それほどムカつかないけどなぁ。(<ま、女の感覚ではない、と家人や職場でも言われていて、自分でもそうなのだろうな、と思ってるので、参考にはならない。)だって、そういうシチュエーションだったら、女のほうも、似たようなこと考えてるはずだもの。まさに狐と狸が丁々発止でリサーチ中なのであろうし。(苦笑)

うーん、「相手の気持ちを中途半端に慮るやつっていうのは逆に鬱陶しがられる」というのは確かにそう、かもしれない。その慮りって、相手を本当に見てるわけじゃないことが多いと感じてしまうことが過去なんどかあった。なんというかね、真実味がない…と。それは勘であって、理論で説明できるものじゃなくて。(今、文字で書いてて、それはないよなぁ、と思うが、でも言葉にならない。すみません。)

相手を慮っているといいながら、何事かが起こると自分の善意を主張する。でも、その善意は相手にほとんど歓迎されてなかったりしてる。自分の考える自分のなかの善意は、相手の立場や考えや気持ちは自分の頭のなかのものとはまったく別だったりするかもしれないという前提を無視した善意だったりすることもあり、たいていの場合、物事が抉れていて、過去のその時点でどれほど善意があったとしても(だから、その善意自体は悪いとは言わない)、それって今のこの状況では相手側にはまったく関係ないって、シチュエーションに成り果てているだろう…というシーンを想像して、真っ暗になった。あんまりだ。救えない。悲しすぎる。でも、特に家族なんかだと、関係が近すぎて、そんな目に遭いがちなんじゃないかと、思う。

相手を慮っているようでいて、その実、気にしているのは、ほんとのほんとの本当にその相手そのものだったりする? 自分に都合よく自分で自分を騙しているのではなしに? そんな自分が許せないから、そういうフリをしているだけじゃないと、心の奥底の嘘のない場所まで下りても、ホントウにそう言える?(<あっ、かなり、いぢわるな物言いになってしまった。)
紫野は言えない。過去、たいていの場合、「相手のため」は「自分のため」が裏側にべったりと張り付いていたから、今も未来もそこまで自分を信用できる気がしない。

相手とコミュニケーションを取りたいのだったら、自分語りしかできないのも、逆に自分を晒せないのも、どっちもどっちだと思う。むしろ、てらいなく、自分を晒せる/晒してくれるほうがまだマシ、と思うんだけどなぁ。これから、付き合っていけるかどうか、値踏み中なんだとしたらね、うん。

いや、なんとなくね、恋なんてしたら、自分の一番嫌な部分が(相手にもだが、自分にもだ。)曝け出されてしまうわけで、身をかばって成るものなんだろうか?って、思ったのだな。相手も自分も痛くて辛くて傷だらけになるよ。それでも、相手を傷つけたくない、と思いながら、傷つけ合って一緒にいる。たぶん、そうやって、そのうち、お互いの皮膚が固くなり、めったなことでは傷つかなくなり、お互いの間合いが掴めるようになり、やがて、いつか、ふたりでお茶を飲みながら笑って話せる日が来るといいな、と信じてる。その前に「やっぱりダメだった」と分かれる数も相当数だろうけど。最初からベストマッチなんて、そぉんな都合のいい話はない。

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