http://anond.hatelabo.jp/20090605174936
増田でのやりとりを読んでしまった。
で、「(母親がいっしょに居てあげられないと)子どもがかわいそう」ネタは、心の奥も表層もめいいっぱい掻き乱してくれてしまうので、かなりキツイ。うぇぇ。ヘタレな自分が情けない。エゴを通すなら貫けよ>自分。
保育園に行くと熱をだしたりするのって、保育園に限らず、集団生活をはじめるときには、ありがちなネタだったりすると思う。復帰一年目だと、なにかと出社できない同僚はめずらしくない。でも普通以上に、保育園の生活と相性の悪いお子さんだったのだろうと読めるわけで。
いずれまた、集団生活を始めたときに、雑菌、ばい菌、病原菌の洗礼を受けるのだろうけど「今はまだ早い」と判断した、ということなんだろう、と。
増田さんの選択に、自分が揺れてるのは、増田さんのせいじゃなくて、自分のせいなわけで、紫野が勝手に凹んでいるだけ。そんなこたぁ分かっているけど、ちょっと、泣きたい、と、久しぶりに思った。
うちのケースで言えば、いっしょにいることで、紫野は子どもを支配下に置こうとしすぎてしまうので、保育園に頼った…という経緯がある。今の状態だって、充分、汚染しているというのに。(もちろん、それが綺麗ごとで言い訳なのも自覚してる。だがねぇ、このネタでexcuseでないものなんて、ほとんどないんだよ!<逆ギレ。)
子育てのプロがいっぱいいて、いろいろ相談に乗ってくれて、同じように悩むママ友がいて…という環境は、紫野にとってはとてもありがたかった。紫野にとって、子どもを存在意義にするのは依存するのと同じで(子育てに限らず「あなたのためは私のため」なのね。紫野の場合)、自分自身だけでなく子どもにとってもものすごーく危険だ、というのが納得できたし。(<お嬢本人に言ったら「なんじゃそりゃ~」だと思うのだけど、これは、紫野にとっては、非常に恐怖。だって、それ、自身にとっては、抜きがたく根深いコンプレックスなのだもの。)
それでも、もしかすると、核家族下の母親ひとりでの子育てじゃなければ、仕事に復帰することを選ばなかったかもしれない。そうしていたら、小学生になった娘に「ママ、仕事のほうが好き?」なんて問われないですんだかもしれない。
(いや、そう考えたとしても、我が家の場合、定職を手放すことはあまりにもリスキーだったので、復帰したよな、やっぱり。)
でも、いくら凹んでも、「どっちも欲しい」と思ったことを後悔はしてないし、したくない。だから、いいんだ。(<ヤケクソ)
※ このネタだと、いつもの強気が出てこないのは自覚してんだよね。
今朝は葉っぱがキラキラしてますね。
AERAさん、働くママをいじめないでください – kobeni_08の日記
あ~、うん。元記事をまだ読んでないので、かなり保留なのだけれど、タイトルの「働くママ」は偉いですか?」と思ったことは、けっこう何度もあるなぁ、ということで。
紫野自身が「働くママ」であるので、自分自身にとってもイタい話題ではあるのだが、たしかに「イタいママ」はいる。身近にある例を見ていると、「ママ礼賛」というよりは、使える権利は骨の髄までしゃぶりまくる…というように見えるんだけれども。
まぁ、いいのよ。産休も育休も時短勤務も、それが許されない時代を乗り越えて、今、たとえ名目だけでも許される権利になっているわけなんだから、使わないでどーするっ!と紫野も思う。でも、使い方を考えてくれよー、みたいな気分はあるんだよね。たぶん、きっと、それは、その権利を得るためにがんばった世代の感傷なんだと思うけれどね。
たとえば、女性参政権だってそうだよね。
日本で女性が国政に参加する権利を得たのは1945年。それからまだ100年すら経っていないのに、この権利は当たり前になり、まるで太古からある生得の権利見たいに扱われ、(一部には)見向きもされず、そして、たいした感慨もなく選挙権は行使されることなく打ち捨てられていることが多くなった(ま、男女に限らず、だけども)。
で、似たような形で母性保護の権利も、今、まさに、「当たり前」になる途中なんだとしたら、それもまたアリ、かもしれないなぁ、と、思い直したりもするのだった。
※ 本筋と関係ないが、たしかに、子育てはゲロまみれの糞まみれで、あんまり即物的にリアルなもんで、それまでのリアルが土台から吹き飛んだ!という経験は、今、思えば、かなり、今の自分に影響しているんだよな…。
その大変さを訴えたいっ、という衝動は、個人的にも、もんのすごく分かる。
女性のレイプファンタジーについて――ただし、自分のために – ビジネスから1000000光年
元エントリの本筋とは毛色が違うのだけれど、「母という呪い」については、考えていたことがあったので、よい機会なので書いておく。
「頭に陸蒸気」と揶揄されるほど男尊女卑思考な父親の娘として育ったので、父親との確執というのは、思春期の初期からずっとかなり自覚的であったし、周りにも目に見える形で進行したのだけれど、一方、母親との確執というのは、ずっと潜行していて無自覚で、「重力圏を突破した」とまがりなりにも思えるようになったのは、かなり最近のことだったりする。
ま、つまり、自分にとっては、自分の母親が母親であると同時に、ただの普通の(善くもあり悪くもある)人間のひとりであり、かつ、過去から続く現在進行形で女でもあるということ、それだけのことを受け入れるのに、それなりの時間と根性と経験と、ある種の諦めが必要だった、のだろう。
母と娘とは、同じ女性の身体を持っているので、そこに軽い嫌悪感というのがあるのだと思う。それが、母親が母親だけではない存在なのだ、という認識を助けてくれる、と言ってみてもいいかもしれない。
たとえば、紫野自身が娘を持つ母親になって初めて、自分の母親が何気なく告白したこと(ほんとはたぶん「何気なく」ぢゃなかったのだと思う)…「お前の初潮が始まったと聞いたとき気持ちが悪かった」…は、自分自身の娘が初潮を迎えたときに、あぁ、そういうことなんだね、と、なんとなく輪郭だけでも理解できた、というような。
(でも、母親と息子では、そういう感覚を共有するのは、さぞ難しかろう。母親と女とがきちんと分化できるのだとしたら、それ、いつの、どんな時が契機なのだろうね?と、不思議には思う。分化できないままに居る人も相当数存在しそうな感触がするのだが。)
紫野自身の母親は、普通に支配的な母親ではあったが、特に支配的な母親というわけではなかった。だから、紫野が重力を振り切るのにとてもとても時間がかかったことについて、彼女だけがひどい原因だというわけでもないだろう。
だが、実も蓋もない言い方をしてしまうと、紫野自身が母親になった後には「支配的でない母親」というのを思い描けなくなった。自身の母親がどんなものであったにせよ、自分自身もまたそう(<地獄の釜?)なのだ、と思わずにはいられなかった。どんな形であろうとも、母親は子供を支配しようとするし、実際に支配する(と、思う)。そして、それを止めるのは、すごく難しい。なぜなら、それは、いまだかつてないほどの快感だからだ。
そしてその快感で狂っているからこそ、母親は、あんなに面倒で理不尽な子供という生き物を、せっせと養育するのだろう…と思う。(曰く、どんなものにも裏がある…。)
子供の存在そのものの理不尽さと、母の(呪いの)理不尽さ。どっちもどっちのような気がしてしまうのだ。
※ ま、ほら、あれだ。組み合わせとか相性による不幸、というヤツも少なからず存在しているだろう、とも思う。
※ 種の保存という観点で言えば、生れ落ちてすぐに母親に捨てられて生きられない個体が増えるのに比べれば、多少壊れているぐらい、どうと言うことはない…ってか。(ひどい。)
※ 本気の本気で「(殺されずに)自分が生きてるだけで儲けもの」と思えるようになったのは、自分の娘がようやく人間の言葉をふたつの単語以上で話すようになった後だった。
※ 紫野自身は重力を振り切ることを選んだけれど、そうでない選択もあるし、そっちのほうが正解ということだってあるだろう。まだ、今の自分には、どっちがよかったか?なんて分からないけれど。
※ 娘のためには、倒し難いラスボスでいてやるべきなんだろーか。
なにごとにも「ちょうどいい」レベルがあるんぢゃないか?と、思う出来事があった。
どんなに便利で、どんなに効率的で、どんなに明るい(ように見える)未来であったとしても、今現在の我々には不要な場合がある。ましてや、未来が明るく見えなそうであれば(苦笑)
その塩梅が見識というものなのだろうなぁ…。ふーむ、それが、今、一番不足しているものってことなのか…がっくし。
※ 別に地デジの話題ってわけではないぞよ。
うちのお嬢は、セミが大嫌いである。
だって、あいつらは死んだふりをするんだもの、と言う。(いや、あれは死んだふりをしているんじゃなくて、本気で死にかけているんだって…。)
だから「もしお嬢がウルトラマンだったら地球を守れないね。」だって、バルタン星人を見ただけで固まっちゃうから、と。
今日、そんなことをふたりで話して、笑った。
GWにお嬢と実家に行った折に、「携帯を買う(ので、いっしょに来てくれ)」とハハがかなり意気込んで言うので、そうか、ついに買うのか、持ってくれてるといろいろ便利ではあるよな、と賛成し、簡単携帯ならいいんぢゃね?と機種を見繕ったのだが、その後、自宅に帰ったあとも、なにかと電話で使い方サポートするハメになり、ちょっと、後悔してみたり。
ま、仕方ないんだけどね~。機械に対するカンは働かないんだろうし、マニュアルは読みたくない素振り満々だし、「聞いたほうが早い」と思い込んでいるので。
相手が高齢者であるということもあるのだが、普段、仕事としてやっている業務システムやPCのサポートより、携帯の電話サポートのほうが難しいと実感。各ショップの職員の方々には敬服するわ…。
たっぷり雨が降るのは久しぶりのような。
また、ちょっと、寒いですね。
どういう経緯でそういう話になったのかは省略するが(<するなよ)、たとえそれが運命でもね、運命に従ってやる義理はないのよ、と、娘に言い返してみたのだ。うん。
本気にしたかどうかは分からないが、意外と本気度60パーセントぐらいだったりするんだよ。年齢が上がるにつれて本気度が上がっているような気がするわけで、ということは、けっこう、いい人生なのかもしれない、と。まぁ、死ぬときになってみないと、最終決算は分からないのだけどね。
…どちらかというと、P/L より、B/Sを重視する人生のがよいように思う。
Ubuntu 9.04 リリース | Ubuntu Japanese Team
さっそくアップデートしてみた。アップデートしても、8.04→8.10 ほどには違いが分からない(をい)が、8.10 では、気にならなかった pulseaudio 経由の音声が、あんまりブチブチするもので、esound に置き換えてみた。うーん、なにが悪いんだかなぁ。