当たり前になってしまう権利

AERAさん、働くママをいじめないでください – kobeni_08の日記

あ~、うん。元記事をまだ読んでないので、かなり保留なのだけれど、タイトルの「働くママ」は偉いですか?」と思ったことは、けっこう何度もあるなぁ、ということで。

紫野自身が「働くママ」であるので、自分自身にとってもイタい話題ではあるのだが、たしかに「イタいママ」はいる。身近にある例を見ていると、「ママ礼賛」というよりは、使える権利は骨の髄までしゃぶりまくる…というように見えるんだけれども。

まぁ、いいのよ。産休も育休も時短勤務も、それが許されない時代を乗り越えて、今、たとえ名目だけでも許される権利になっているわけなんだから、使わないでどーするっ!と紫野も思う。でも、使い方を考えてくれよー、みたいな気分はあるんだよね。たぶん、きっと、それは、その権利を得るためにがんばった世代の感傷なんだと思うけれどね。

たとえば、女性参政権だってそうだよね。
日本で女性が国政に参加する権利を得たのは1945年。それからまだ100年すら経っていないのに、この権利は当たり前になり、まるで太古からある生得の権利見たいに扱われ、(一部には)見向きもされず、そして、たいした感慨もなく選挙権は行使されることなく打ち捨てられていることが多くなった(ま、男女に限らず、だけども)。

で、似たような形で母性保護の権利も、今、まさに、「当たり前」になる途中なんだとしたら、それもまたアリ、かもしれないなぁ、と、思い直したりもするのだった。

※ 本筋と関係ないが、たしかに、子育てはゲロまみれの糞まみれで、あんまり即物的にリアルなもんで、それまでのリアルが土台から吹き飛んだ!という経験は、今、思えば、かなり、今の自分に影響しているんだよな…。
その大変さを訴えたいっ、という衝動は、個人的にも、もんのすごく分かる。

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