思いつくままに並べてみた
えーと、あれかな。恋をして、その男と寝ていても、「格」(というのも気に入らないが)が落ちない女性で紫野が好きな人々。政治的であれば尚良し、という感じで、思い出すままに並べてみた。
量的にも一番いろいろ読んでいた時期のものが多いので、古めの作品が多い。
ハインラインの小説に出てくる赤毛の女性たち。モーリン・ジョンソンは、個人的には最強。
市川ジュンさんの作品郡の女性たち。代表だと「陽の末裔」の卯乃と咲久子。
「キャヴェンディッシュ」家シリーズのヒロインたち
「ディ・バラ」家シリーズのヒロインたち
シャロン・シュルツェの「眠れる竜」から始まるシリーズのヒロインたち
「天は赤い河のほとり」のユーリ。
「玄椿」の胡蝶。
「ジェニー」シリーズのジェニー。
「花巡礼」の主人公たち。
「サラディナーサ」のサラディナーサ。
「彩雲国物語」の秀麗。(しまった、これは寝てないな。)
「風の王国」の翠蘭。
「流血女神伝」のカリエ。
「竜の貴婦人」のモレタ。
「ソングマスター」のエステ。
「妖女サイベルの呼び声」のサイベル。
「デューン」の最初の三部作のジェシカ。
「アヴァロンの霧」シリーズのモーガン。
「FSS」のファティマたち。コークス博士。(クリスの格は上がったと思うけれど。ワスチャは、まだ、これから。)
「赤毛のアン」シリーズの後期のアン・ブライス。
「龍」のてい。
「ピアニッシモでささやいて」の朱。香菜子。
「ミッドナイト・セクレタリ」の花夜。
「源氏物語」の紫の上。明石の君。空蝉の君。
「とはずがたり」の二条。
「マリア ブランデンブルクの真珠」のマリア。
まだ、まだ続くかも。
追記:そういえば、ゴロン夫妻の「アンジェリク」(ゲームのほうや、木原敏江さんのコミックじゃなくて)の主人公のアンジェリクも、ずうずうしく、たくましく、しぶとくて素敵。
ハガレンネタです。
お嬢があんまり欲張りなこと(ゲーム買えとかマンガ買え)を言うもんで、「なんて強欲なんだ!」といったら、「わたしがグリードなら、ママはスロウスじゃないか!」と反撃された。
「なんだと!やるときゃ、やってるじゃないか!」と言い返したら、「そうだよ。だからスロウスじゃんか」と。
へいへい。どうせ、いつも「めんどくさい、めんどくさい」って言ってるわよ。
※ このネタで、「おまえはリンかよ!」とか「穴なんか掘ってねーよ」みたいなヤリトリが、しばらく続いたのであった。
手をつないでいるんだよ
もしも原子が見えたなら|お母さん、火って何から出来ているの?
この話題は、我が家でも水のケースで出た。
我が家では「水は三人家族でお嬢とパパとママで仲良しなんだ~」と説明したら、しばらく「酸素は両手~、水素は片手~」とかやっていた。
酸素は手がふたつで(両手で)ぎゅー、炭素は手が4つで(両手両足で)ぎゅー、とやったら、すごくウケていた。で、やっぱり、しばらく、「酸素やって~」とか言ってくっついてきていた。
後日、鋼がどうやってできるか?と言う話になった時は、「炭素は鉄よりも酸素と仲がよいから、じゃあね、ばいばいーって鉄を振っちゃうんだ」という話になり、ゲラゲラ笑っていた。
※ そんなお嬢はヘタリアも気に入っている。
共生と協働とをなし得る人になること
自分自身と家族と共同体を存続させることのほうを自分の主義主張より優先するべきだ、とは思っているなぁ。できれば、周りの人間も同じ優先順位で動いてくれるといいなぁ、とも思うなぁ(苦笑)
生き物が生まれてきたのは生きるためだから、ぶっちゃけ、それ以外のことはオマケでよいのかもしれないと思う。(まぁ、機嫌よく過ごせるほうがその逆よりずっとよいが。)
この世界は、どうしようもないどうしようもなさで満ち満ちているけれど、それでも、人は生きていくのだ、兎にも角にも。
だって、飯を食えないもん
前回のエントリと同ネタで引き続き。
ふと思い出したのだが、紫野の兼業主婦の原型イメージは「行商のおばちゃん」とか「内職のおばちゃん」とか「お店のおばちゃん」とか「農家のおばちゃん」だったりする。常磐線に乗ってくる行商のおばちゃんを「かっけー」と尊敬のまなざしで見上げつつ育ったんで、そこが原点なのだろうと思う。成長過程で、あんまりセレブな専業主婦を見る機会がなかったのは確かだ。ほとんど記憶にない。紫野が育った環境では、自身の母親を含めて、食うための仕事をしないですむ大人の女はそんなに多くなかったのだ。ちなみに、借金作って逃げ出すような大人の男というのは、散見されていた。
きっと「(女が)働くのは当たり前」という感覚も、そこから来るんだろう。経済的に男に依存するのはリスキーだという感じ方も同じところからか。
なにしろ、父ちゃんがどうしようもないから母ちゃんががんばってる家というのが珍しくない光景だったのだ。(さすがに中学校以降には、学区が広くなったので、そうでない層ともいっしょになったけれども。)
なので、いまいち、兼業主婦のイメージと「キラキラ」とか「嫉妬/羨望(される方)」とが結びつかない。そこが最初に感じた違和感の原因かもしれない。
親の経済状況は子どもの学歴に影響する。セレブな専業主婦が存在できる家庭では父親の稼ぎがそれなりによかったことだろう。そういう経済状況下で育ち、(必ずしも経済力だけが理由ではないが)高学歴を得て一流企業に就職するような娘たちが、母親のような生活に憧れるのは、無理ないかもしれないが、あいにくと、専業主婦に憧れをいただかないで大人になる人間だっている、という…、あれ?やだな、クラースの違いかしら(とほほ)。
母親の世代との圧倒的な違いは、世間の状況のほうが変わってしまって、「普通に勤めていれば一生安泰」なんて職場は、そうそう存在しなくなったというところだろう。男女にかかわらず、いつ職を失うか分からない時代だ。専業主婦になる経済的リスクは、前の世代より高くなっていると、思う。
これは余談:
紫野は未熟児として生まれたのだが、お乳を吸う力が弱くて、一度、栄養失調で死に掛けたそうだ。紫野は母の最初の子どもで、母も若くてかなり未熟モノだったので、医者に見せるまで全然気づかなかったそうだ。(ちなみに医者に行ったのは栄養失調に気づいたからではなく、はしかに罹ったから。)今は笑い話にされても本人もゲラゲラ笑いながら聞いているが、その時に死ななくてよかったな、と思う。
さすがにその頃(乳児)の記憶はないが、幼少期にお金がなくてご飯が食べられなかったという記憶は今も残っている。何か欲しいといえば「金がない」という回答が普通の環境だった。たぶん、だから、「飯を食うための仕事」に執着するのだろうと思う。これはこれで妄執かもしれないなぁ。