そういや、うちのムスメも
最近の女子中学生の携帯の使い方 – 19790401173.4
うちのお嬢は、つい先日中学生になったばかりだが、たしかに、携帯で電話をしていることはマレだよなぁ。「これはメール機」だと、本人が言っているぐらいだから。
※ 「育ちが違う」ってのは、こーゆーことさ。
最近の女子中学生の携帯の使い方 – 19790401173.4
うちのお嬢は、つい先日中学生になったばかりだが、たしかに、携帯で電話をしていることはマレだよなぁ。「これはメール機」だと、本人が言っているぐらいだから。
※ 「育ちが違う」ってのは、こーゆーことさ。
asahi.com:児童文学者の石井桃子さん死去 101歳 – おくやみ
ついこの間、清里のえほんミュージアムを見に行っていて、うさこちゃん、懐かしいなぁ、と思ったことを思い出しました。お春が生まれたときに、会社の先輩からセットでお祝いにもらったのでした。
たくさんの素敵なお話しをありがとうございました。
ご冥福をお祈りします。
Friend-Ship Project 第3弾 夫婦の絆 :テレビ東京
今朝、親子3人できゃいきゃい言いながら、5分のディレクターズカット版を見る。これ、長いほうが好きだなぁ。「青春の影」の歌詞 とストーリーのタイミングもよく合っているし。
サントリーオールドのCMに「恋は遠い日の花火ではない」というのがありました。あれと、見たあとの感じが似ているけど、もっと、こう、むずむずと恥ずかしいね(笑)
大河ドラマ『篤姫』の快進撃はこれからも続く! そう断言できる根拠とは? – 日経トレンディネット
我が家でも、今年は、初めてまともにお春がNHKの大河ドラマを続けて見ている。お春は於一(篤姫)に、ダンナは長塚京三の父上に感情移入して見ているようだ。
ダンナがお春に「一度でよいから父上と呼んでくれ」と頼んで、呼んでもらって、嬉しそうにしていたので(苦笑)、おかあさんも、「母上」と呼ばれてみたいかな(?)
※ ちなみに紫野が続けてみていて記憶に残っている最古の大河ドラマは「花神」。昭和52年の大河だったのねぇ。
そろそろ期限が切れそうなポイントで、おうちサーバ「でんちゃん」のメモリを2GB に換装してみた。体感的には早くなったような気がする。(前は 1GBだったので倍)
家人が寝静まった夜中に作業をしていたのだが、メモリの差込加減が足りなくて、ぴーこら叫ばれて焦った(とほほ)
もともとのホストOSの Vine Linux 4.2 とは別に、VMware Server 上にインストールしてある Ubuntu 7.10 で、ちょっといろいろ実験してみようかな、という気になっている。
70のトラックバックを読むだけの、めったにないお仕事です。 – Attribute=51
(なんか、タイトルかなり違っ。)
勇気が大事じゃないなんて言わないし、言えないし、言いたくないし、少年漫画的展開好きだし(少女漫画的に白馬の王子さまが助けてくれるのも好きよ)、ネガティブよりはポジティブなほうが生き易そうだと信じてます。何が言いたいのか謎ですね(笑) もちろん、基本、マッチョテイストが好きです。(<恋愛感情抜きに。)
そういうのとは別のところで、なんと言いますか、他人事ながら、「死なないで生きててくれるだけで嬉しい」って気持ちになることがあります。「良く生きる」とか「(より)幸せになる」という以前に、そもそも生きててくれないと何も始まんないのよっ!!と無意識に思っているのかもしれません。子供を産んで育てるって、けっこう大変なんだからっ(力説!)てだけのことだったりして(苦笑) 人によっては、そんな低いハードルって思うのかもしれないけれど、けっこう、案外、高いハードルなのではないですかね。ただ生きてるってだけで儲けもの。
今までの傾向を振り返ってみると、自分より若い(と思う)人を見てるとそうなるようです。若い人を見ると、無意識にうちのお嬢とオーバーラップさせちゃうのかもしれないですね。
職場でも、若い女の子>若い男の子>おばさん>オヤジの順に好意的で、親切心が沸きますからねぇ。(オヤジにきつくあたるのは、オヤジは既得権益を持ってるので、おばさんの親切心を特に必要としないと信じているからなので、別の話ですが。)
博愛とかそういうのじゃなくて、正直(そして、自分のなかでは当然のこととして)「どんなことをしても、なんとかしてやりたい」のは、うちのお嬢だけで、その他には(たとえダンナにでも)冷酷だったりする紫野なんだけれども、それでも、みんながんばろーねっ、あんまり、がんばらないほうが(自分を追い詰めないですむので)よいのかもしれないけどねっ、という、エールを贈りたくなることが、偶にはあるのです。
※ ダンナは大人なんだから、基本的には自分のことは自分で面倒みるだろー…という根拠のない信頼(笑)があるから、ほっとけるだけなんだけどね。どっちかが弱っているときは別だけんど。
404 Blog Not Found:バイキング式のレストランで給仕を待つ君たちへ
それ、『「弱者」の立場から見た光景。』なんかぢゃないから…(笑)。ま、それはさておき。
本題と違うところで、あれっ?と思ったので、メモを書いてみる。
先日職場で隣のチームのリーダーから、ちょっとしたテストに手を貸して欲しいと頼まれた。ぢつは、この人とは、お仕事上の相性はよくない。で、つい大人気なく「それってずるくない?」(いや、持ってきかたが、ちょっとばかし、ずるいと思ったから…)と言ってみたら「全体のためだと思って…」とかおっしゃるから、思わず脊髄反射で「それって、お互いがそうであるときだけ言える台詞だから」と返しそうになった。口には出さなかったのでセーフ、いや、仕事に私怨を持ち込んだ時点でダメダメか(苦笑)?
(もちろん、お仕事はしましたが、職業人として大人気ないねー。分かってます。反省します。「やればいい」ってもんぢゃないんだからね。)
トラックバック先のエントリを読んでいて、あれっ?と思ったのは、このことを思い出して、やだなぁ、「強者」みたいぢゃん?と思ってしまったから。「やだなぁ」と「強者」のどっちも、それこそ「やだなぁ。」なのだけどね…。(でも、自分が「弱者」だなんて言えるほど、面の皮は厚くないよ。そういう意味ぢゃないの。)
※ Heaven helps those who help themselves.(天は自ら助くる者を助く)という言葉もあるけれど、神様は、ふつうの人が一番好きだから、ふつうの人を一番たくさん作ったのよ…という言葉もあったよーな。
※ 世の中には、「弱者」であることは、他人からの助力をあてにするために非常に有効である、と弁えて、マジ有効に使っている人もおりますでね。現実問題として、そういう「弱者」じゃないかどうかを判別するのは、かなり難しい。(ま、でも、人間には、直感が備わっているみたいなんだけどね。)
※ んと…、自分が(傷つきやすい)弱者なんです~と、公言するのって、すんごく恥ずかしいと思っちゃうんですよ。誰かにそうアピールした時点で弱者ぢゃないもん。いや、たんなるへそ曲がりなんだろうけど。