言われたくねぇ

ちょっと前に職場のかなりエライおっさんが「最近の我が社の若いものはarrogantだと言われている」と発言した…という議事録を読んだ。
いや、あんたこそ、それだし、という感じの人であるのは衆目の一致するところなのであるが、その方をして「arrogant」と言われるってどーよ…、と別の意味でため息をついた。

下請けのただの事務職のおばちゃんから見ると、「arrogant」な上に「仕事をしない」という傾向はある。だって、得にならないんだもんね。マニュアルにも書いてないし、引き継ぎもされてないもんね。
でも、なんでも損得で測っていると、ほんとうは有りもしない損に足を掬われるかもしれないよ、と、相手の気持ちを斟酌しようともせずに言い切ってみる。

痛い世の中

いろいろな揉め事が世の中にはある。
最近、とみに、暴言だとか誹謗中傷だとか、モンスターペアレントだとか、ハラストメントだとか、クレーマーだとか、社会的正義とか、公共の福祉(<これは違うか)という話ばかりが耳に入る。

最近になってそういう現象が増えたのか、もはや我慢すべきではないという主張が広まってきたからなのか、それとも単に昔っから、この種の出来事はやはり同じぐらいの頻度/密度で発生していて、ただ、耳に聞こえる範囲が広くなっただけなのか、その手のネタが売れるから(他人の不幸は蜜の味)ことさらに流されるのか。これらのどれでもないのか、いろいろと複合しているのか…。はてさて。

これは誰に向けてのメッセージなのか意味不明(<いつもだ)なのだが、なんとなくもやもやとするので書いておく。

自分が被害者である(だから償われるべきだ)と主張する場合、自分が加害者でもあると認めるのは都合が悪いので、ほんとのほんとにどう思っているかとは別のところで、被害者であることを強調するのは仕方がない。だけれど、それは勝つための戦術であって、ほんとに欲しいものは、もしかすると勝つことじゃないのかもしれない。分かってやっているならよいのだが(たぶん、大方はそんなことは重々承知でやっているわけだ)、分かってないと、後で呆然とするかもしれないよなぁ、とおばさんは老婆心ながらも、思う。

いや、つまり、どのような場面や立場においても圧倒的に常に被害者/弱者だなどとということは、たぶん、ありえない。だから、ひとつの/いくつかの面で被害者/弱者だという理由で、すべてが免責されるわけではない。「そんなこたぁ、理由にならねぇ」ってことは、けっこうたくさんあるって、当たり前。

だからといって、ちょっとでも加害者になったことがあるのだったら、失われた/奪われたと信じるものを取り戻す権利はない、と言いたいわけではない。それをやることには、大きな意味がある。(たとえ負けても。)
(いや、周りへの影響を考えると、「やり方」はもうちょっと考えて欲しいな、というのも個人的には本音だが、そういう時にいっぱいいっぱいになってる本人に求めても酷というものだ、というのも大概。ただし、どんな時にも、やっぱ、暴力はよくないと思うよ。)

ただ、なんというか、「世は相身互い」って思ってたほうが生きやすいんじゃないかな、という話なのである。
あと、単なるテクニックの話なのだが、自分の足で立って言葉を話すようになって以降には「痛くない世の中」なんぞあるかよ、という前提で生きてたほうが、ショックは少ないと思うんだけどな、というのもある。(なんか、この世の中には、「傷つきやすい」人が多すぎて、みんな、疲れないかしら、と真剣に悩んでいるんだけど。自分のことに関しては不感症ぐらいのほうが、生きやすいと思うぞ。どうせ、自分のことだけは敏感に感じるように出来てるんだからな。)

夢を見るのは

職場で、なにかとご縁があって、これから先の2年から5年先くらいの未来にどうなっているべきか?というT/Fに参加していたりするのだけれど、そういう場で「それは無駄」とか「合理的な進め方じゃない」という批判をするって、どうなのかなぁ…と、ちょっと、感じる出来事があった。

もちろん、仕事をする上で非合理的なのはいただけないのだが(文字どおり「時は金なり」。)、しかし、まだまだこれから夢を見ようか、という段階の議論なので、「それは無駄」とか直線的に最短の結果をもとめるような態度をとってしまうと、夢も見られない。行ったり来たり、やってみたら無駄だったり、回り道をしたり、(でも、そのおかげで、そのやり方では問題があるということが初めて分かるわけぢゃない?)、その過程が必要(無駄じゃない、とは言わないが。)な所に、今、立っているのじゃないか、と個人的には思っていて、幸い、それほど結果を急ぐ理由もないので、贅沢にやってもいいのかな、と鷹揚に構えてみたいのだが。今は未だかつてないほどに好条件がそろっていて、個人的には二度とない好機のような気がしているから。
…でも、まぁ、人それぞれに、いろんな意見があるからなぁ。

無駄と思えることにも意味がある(そういうのを「遊び」と呼んだりするよね)。それもまた、この世界の秘密のひとつなのじゃないだろうか。いや、決して「遊び」たいわけじゃなくてね(苦笑)

綺麗になって戻ってきた

柱に激突させて液晶割れをしていた常用のノートPCは、ボーナスを当てにして、ドーン!とメーカー修理に出していたのだ。

液晶割れだけではなく、ヒンジも歪んでいたようで、こちらも併せて修理してもううことにした。請求書の明細には含まれていなかったが、とれていたゴムも綺麗になって帰ってきた。
で、昨日から久しぶりに Kubuntu 環境なのであった。(さすがに予備のPC<あるんだな、やっぱり。には、Linux をインストールしていない。)うん、いい感じだ。

鼻歌

紫野には、気づくと鼻歌を歌っているという癖があるが、最近、ふと気づくと、「I was only trying to help…」(<テレビシリーズの 「フェーム 青春の旅立ち」 でドリスが歌っていた)を歌っていることがあり、それで、逆に「なんか、落ち込むことでもあったんかなぁ」と自分に突っ込んだりしている。意外と、意識してないところで、穿たれているのかもしれん(苦笑)。

真正面、から。

学校裏サイトのいじめ解決が実はマッチョの成功体験だったという話 – E.L.H. Electric Lover Hinagiku

元ネタの吉田氏のエントリもひとりの親として読んでいたのだけれど、このエントリを読んで、あぁ、そういう受け取り方もあるんだなぁ、と、あらためて思った。人間って、ほんと、いろいろだよね。すごい。

吉田氏のアプローチは、時として(ヘタな小細工をせず)、真正面からドンっ!と行ったほうが、うまく行くこともあるって例だよなぁ、と、変なところに感心したりしていた。まぁ、なんというか、ホンモノって強いのだよな、と。ホンモノの気持ちってヤツが通じる世の中なら、そんなに捨てたものじゃない、と思えてうれしい。

でも、こんなふうに行動を起こしてくれる父親を持つお嬢さんは、きっと、さらにやっかまれることだろうと、娘を持つハハとしては変な心配もしてしまう。妬み/やっかみというヤツは、本人にもどうにも出来ない部分があるからほんとに厄介だしね。
でも、そういう父親が自分も欲しかったから、(たとえ他人の父親でも)そういう父親が存在してくれると嬉しいぞっと思う(笑)

今のいじめは、いわゆる「弱いものイジメ」と、数を頼んでの妬み/やっかみによる「引き摺り下ろし」と、両方あるように思う。
どちらにしても、やってるときはスッとするかもしれないけれど、いずれしっぺ返しが来るんだよ、ということを、どうしたら「腑に落ちて」くれるかなぁ、などと考えることがある。でも、特に子供は、将来のことに思い致すのが難しいイキモノだからなぁ、と考えが止まってしまう
(<をい、そこでメゲてどーする)。いや、でも、紫野自身が「いずれ」なんてことを言われても聞く耳をもたなかったからなぁ。そして、お約束どおり、かつて警告されたとおりに後悔することになった。でも、その当時は「今」だけで手一杯だったのさ。だから、お節介にも、「いずれ」といい続けることぐらいしか出来ないのかも。せめて1%でも頭に残ってくれたら、それで少しは何かが変わるかもしれない。(<なんか、卑小な目標だな。)

自分が他者に与えたものは、いずれ自分に還ってくる。善いものも悪いものも。だから世界は回っている(<違っ。)

で、それって、たぶんね、(相手と自分自身の)誇りの問題だと思うのだよね。(<あいも変わらず唐突。)
賢くてもそうじゃなくても、強くても弱くても、自身のなかに誇りを持ってば、きっと、まっすぐに真正面に顔を上げていられる。そして、そういう視線に、後ろ暗い気持ちは耐えられない。
だから、まず、外から入るのもありかもしれない。顔をあげて、ホンモノの気持ちで、自分を正当化するでもなく、卑下するでもなく、相手を伺うでもなく、ただ、真正面から視る。

※ コメントでのやり取りがよかったです。予定調和的ではあるけれど、ブログで大人の対応を見たな、という感じで。ちょいと慇懃無礼ちっくなのは、知的スノッブのご愛嬌ということで(<違っ)

今クールのお気に入り

今クールの紫野のお気に入りは、「チーズスイートホーム」 と、「うちの三姉妹」 です。

…無意識になごみを求めているのかしらねぇ。

お絵かき

お春が、Windowsのオマケのペイントよりもよいソフトがないか?と質問してきたので、お春の端末にGIMP をインストールした。(言っておくが、おかーさんは、使い方を教えることはできんぞ、と念を押して。)。紫野には完全にオーバースペックなGIMPなのであるが、お春はいろいろ触ってみて気に入ったようで、なにやら、とっても楽しそうに描いている。

紫野には、お春が楽しそうだということは分かるけれども、その「描くこと」の楽しさを実感することは難しい。(この分野にかつて一度も興味を持ったことがないことは確かだ。)無理して挑戦しなくちゃいけないってわけじゃあないけど、ちょっとだけ、お春が羨ましい…、ね。

親の立場から言ってみると

バカじゃねーの?

子育て中の親として、自身も子育てする年齢になった子供として言ってみると(<まんまと、釣られてるわけだが・笑)、
バカでも親は親。親のメシを食べている限りは、その程度の理不尽は我慢しなさい。親子というのは(たとえ、親のメシを食べなくなった後も)、もともと同等ではありません。

…だったりする。(<をい)

せっかく Gmail なんだから

au one アドレス帳 も、au one メールの連絡先と同期してくれれば、ハッピーなのにな…と思った。かなり惜しい。PC側で利用しているときアドレスが分からないってのは、けっこう凹むよね。ここまでやってて(/ここまでやらせておいて)、携帯みながら手で打ち込むって、かなり情けな感が漂ってしまう。

※ 紫野のスキルだと携帯でアドレス打ち込むよりPCで打ち込んだほうが断然早いというのは、似て非なる話。

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