真正面、から。
学校裏サイトのいじめ解決が実はマッチョの成功体験だったという話 – E.L.H. Electric Lover Hinagiku
元ネタの吉田氏のエントリもひとりの親として読んでいたのだけれど、このエントリを読んで、あぁ、そういう受け取り方もあるんだなぁ、と、あらためて思った。人間って、ほんと、いろいろだよね。すごい。
吉田氏のアプローチは、時として(ヘタな小細工をせず)、真正面からドンっ!と行ったほうが、うまく行くこともあるって例だよなぁ、と、変なところに感心したりしていた。まぁ、なんというか、ホンモノって強いのだよな、と。ホンモノの気持ちってヤツが通じる世の中なら、そんなに捨てたものじゃない、と思えてうれしい。
でも、こんなふうに行動を起こしてくれる父親を持つお嬢さんは、きっと、さらにやっかまれることだろうと、娘を持つハハとしては変な心配もしてしまう。妬み/やっかみというヤツは、本人にもどうにも出来ない部分があるからほんとに厄介だしね。
でも、そういう父親が自分も欲しかったから、(たとえ他人の父親でも)そういう父親が存在してくれると嬉しいぞっと思う(笑)
今のいじめは、いわゆる「弱いものイジメ」と、数を頼んでの妬み/やっかみによる「引き摺り下ろし」と、両方あるように思う。
どちらにしても、やってるときはスッとするかもしれないけれど、いずれしっぺ返しが来るんだよ、ということを、どうしたら「腑に落ちて」くれるかなぁ、などと考えることがある。でも、特に子供は、将来のことに思い致すのが難しいイキモノだからなぁ、と考えが止まってしまう
(<をい、そこでメゲてどーする)。いや、でも、紫野自身が「いずれ」なんてことを言われても聞く耳をもたなかったからなぁ。そして、お約束どおり、かつて警告されたとおりに後悔することになった。でも、その当時は「今」だけで手一杯だったのさ。だから、お節介にも、「いずれ」といい続けることぐらいしか出来ないのかも。せめて1%でも頭に残ってくれたら、それで少しは何かが変わるかもしれない。(<なんか、卑小な目標だな。)
自分が他者に与えたものは、いずれ自分に還ってくる。善いものも悪いものも。だから世界は回っている(<違っ。)
で、それって、たぶんね、(相手と自分自身の)誇りの問題だと思うのだよね。(<あいも変わらず唐突。)
賢くてもそうじゃなくても、強くても弱くても、自身のなかに誇りを持ってば、きっと、まっすぐに真正面に顔を上げていられる。そして、そういう視線に、後ろ暗い気持ちは耐えられない。
だから、まず、外から入るのもありかもしれない。顔をあげて、ホンモノの気持ちで、自分を正当化するでもなく、卑下するでもなく、相手を伺うでもなく、ただ、真正面から視る。
※ コメントでのやり取りがよかったです。予定調和的ではあるけれど、ブログで大人の対応を見たな、という感じで。ちょいと慇懃無礼ちっくなのは、知的スノッブのご愛嬌ということで(<違っ)