みなとみらい
お嬢のリクエストで、みなとみらいに行ってきました。大観覧車にも乗ってきたのですが、上に行けば行くほど怖かったです(苦笑)たしか、昔は、こんなに恐怖感がなかったと思うのだけど、年取ると怖くなるんだろうか…。
ランドマークプラザには、大きなクリスマスツリーが飾ってありました。
お嬢のリクエストで、みなとみらいに行ってきました。大観覧車にも乗ってきたのですが、上に行けば行くほど怖かったです(苦笑)たしか、昔は、こんなに恐怖感がなかったと思うのだけど、年取ると怖くなるんだろうか…。
ランドマークプラザには、大きなクリスマスツリーが飾ってありました。
いつ頃からか、gnome-do が年中落ちて使い物にならぬ…状態だったのだが、代わりに使おうかと docky を入れてみたら、gnome-do も落ちなくなった。
何がよかったのだろうか…。libmono 関連?
さびしいを英語で言うとどう言うの?とお嬢が尋ねるので、
「あなたが居なくてさびしい。側に居て欲しい、という気持ちだったら、I miss you. かな。
I miss you. I need you. I want you. 」
「I love you?」
「そう。I love you.」
何かあったのかな。
「母親の自己実現のために」育てられた子どもが背負う呪縛 – シロクマの屑籠(汎適所属)
母の呪い関連については、言いたいことがありすぎるので、今回はパスします。この辺りは、自分自身にとって、前の世代と後の世代の双方向でいろいろと泥沼なので、書くと長くなりすぎるので気力と体力がないときは書けません。
かわりに、別のことを、ちょっとだけ書いてみます。掲題については、元エントリとはそれほど関係はないのだけれど、刺激されて、考えたことです。
最近は、自己実現というと、ちょっと否定的な意味合いを汲み取ってしまうことが多いのかもしれないのだけれど、そもそも、働くことは権利でもある、と思います。
その子どもの個性とか、親の性格だとか、家族の構成であるとか、子どもの成長の度合いであるとか、親子関係のあり方など、いろいろな要因を加味して、個別のケースに一番よい方法を考えて、親の社会生活について子どもに教えていくやり方は、それぞれに違って当然です。
でも、わたしは、父親でも、母親でも、家族以外の誰か(社会)のために何かをすることや、誰か(社会)にとって必要な人間になることは喜びであって、働くことの報酬は金銭だけではないこと、また、働くことでそのような喜びを得ることは権利でもあるのだ、ということを、きちんと自分の子どもに伝える必要があるのではないか、と考えています。これは、親が子どもに教えられる職業教育の最初の一歩として、悪くないとも考えています。(言うまでもなく、その「仕事」が、金銭を得る仕事であるかどうかは、必ずしも重要ではないと考えます。)
働くって、辛くて苦しくて大変で疲れるばかりじゃないですよね。親として「仕事」がそれだけのものだと、子どもに教え込みたくはありません。大人になることは、そんなに悪いことだけではないと、未来を信じて欲しいのです。
それに、大人は「大変な」仕事をしているから偉いわけではないのです。それで尊敬してもらおうなんて思いたくないのです。ほんのわずかの、すごく微かな仕事だけれど、それでも、誰かの役にたつ仕事をしているのだ、ということで子どもから尊敬されたいと思うのです。
そしてまた、子どもである間は、親や社会から貰うものの方が多いけれど、いつか自分に充分な力が身についた時、今まで貰ったものを(あるいはそれ以上のものを)与えることができるようになること、与えることを考え、望むような人になって欲しいということ、いつか「あなたの順番」が来ること、わたしは、そういうことを次世代を担う子どもたちに伝えたいと思うのです。
結局、自分の喜びのために働くことを選択しているわけなので、「自分のための自己実現」と言ってしまえば、それまでなのだけれど。
ちょっと…というか、かなり偉そう…ですね。
出生率と生活水準:生む子を減らせ JBpress(日本ビジネスプレス)
英エコノミスト誌 2009年10月31日号から。ちょっと長いのだけれど。この見解を受け入れるかどうかについては、まだ、ちょっと、自分のなかで咀嚼中。だが、基本的論調には同感できそうだな、と感じた。
以下、言葉として残すには、あまりにも説明が足りないことを承知しているけれど、後日の自分のための感想として残しておく。
それを破壊できるものこそがそれを支配している。
どんなに金切り声をあげてそれに反対し、暴力でその力を奪い、おさえつけようとしても。(そしてそれは実際に起こってきたし、今も起こっている。)それでも、わたしたちがかつて持っていた力であり、今もずっと持っている力だ。太古の昔に、あるはずのない海で生命が生まれたその昔から。
力に頼るものは力に怯えるものだ。だから、この力を梃子に使われることを恐れてきたし、恐れているのだろうけれど、そんなことには興味がない、というのが大方のところなのではないのか?という気がする。
現在、iPhone で、Pocket Informant を使用中です。その昔、Palm を利用していた時に使っていたものの進化版になっているのですね。をを、なつかし~。
で、クラウド対応(笑)として、TodoデータについてはToodledo を利用できるようになっていたので、試してみました。当方のコミックス新刊リストで作成できる iCal のデータは、Import, Export and Sync -> Popular Connections ->
iCal で、インポートできるということを確認しました。
うん。しばらくこれで利用してみようと思います。
Ubuntu 9.10 リリース | Ubuntu Japanese Team
お嬢が部活仲間と出かけていて時間ができたので、常用のノートPCの Ubuntu をアップデートしてみました。ついでに、いろいろと設定を変えてみたりして、ちょっと時間がかかりましたが、概ね問題ないところまで環境が出来上がりました。
前回のアップデートは違って、「困ったな~」という事態は発生せず、粛々とアップデートは終わってしまった感じです。設定おたくとしては、ちょっと残念かも(をいをい)。自動アップデートで anthy が削除されてしまっていて、あれれ?だったのですが、普通にインストールすれば大丈夫のようです。
Blueman と PulseAudio の組み合わせで、問題なく Audio Sink が可能だったのは今回が初めてで、逆にびっくりしてしまいました。bluetooth のスピーカーやヘッドセットで音楽を簡単に聴けるようになりますね。

柘榴は血の味。
今の在所は山の中なので、もともと、「ふぅっと気の遠くなるような」広い草っぱらなど、望むべくもないのだが、それでも、年々、空き地が少なくなって行くのは、田舎育ちの身としては悲しい。
お嬢が小学校に入った年までは土筆が摘めていたあの場所も、今ではすっかり住宅地。それでも、きりん草が道端でがんばって咲いているけれど。(きりん草にはアレルギーがあって天敵なのだが、お決まりのくしゃみ鼻水も季節の風物詩。)
田んぼもないので、あの黄金の波を堪能することもできやしない。
春のれんげや白詰草、夏の草の生い茂る、秋の曼珠沙華、冬枯れの草。風が渡って行くあの風景を思い出す。たぶん、お嬢たちは「狐が出るかも…」と思ったりはしないのかなぁと思って、少し、涙ぐんだ。
おそらく、きっと、たぶん、感傷的になっているだけ。
※ 出るのは人の鬼ばかり。