どんな生物でもオスはたいへん?
引き続き、このエントリも、内田樹さんの「下流志向」を読んでのもの。
女性のほうが、共同体が壊滅するようなリスクに対処する子育て戦略を取りやすく、男性のほうが、共同体内での序列に拘る・・・というのは、もしかすると、子孫繁栄という意味では、そっちのほうが合理性があったからではないか、と思いました(笑)
だって、たいていの生物のオスは、まずメスに選ばれなければ、仔をもてない。同一のグループのなかで抜きん出て優秀であることを示さなければ、仔を持つというハードルさえ越えられない。だから、そっち方面に気が行くオスが残ったのでしょう。ところがメスのほうは、メスであるというだけで仔を持つ可能性が(オスよりも)高い。だから仔を生んで育て、その仔が次代の仔を生み育てることを考えるでしょう。同一グループ内での序列より互助組織としての共同体を守る必要が優先です。その共同体が壊滅するようなリスクを避けなければならないので、そっち方面に気が行くタイプが、長い年月を経て、取捨選択されたのではないだろーか、という、妄想をしたわけです。特に、人間の子育ては長期におよびますから、共同体が長い期間、有効に存続してくれなければならないし。
ちなみに、これは、どちらが優れているとかの話ではなくて、どちらもが、同じ時期に同じ場所に共存していることでバランスがとれて有効・・・という話なのだと思います。実際に共同体が壊滅するリスクにさらされたとき、それを乗り越えるリーダーが生まれるためには、序列を競いあう力が残っていなければならないのですから。でも、どちらかだけが集まってしまうと、ヘンなほうにベクトルが動いてしまうのでしょうね。今の日本の企業体は男性の数が多く、かつ、男性が権力を持っていることが多いから、極端に行ってしまうのかもしれない。
・・・うーん、これ(↑)は、酒場のバカ話レベルの話ですが。
若い頃からのハインライン好きとしては、「女性(しかもこれから子供を生む可能性のある若い女性)と子供を優先させよ」というポリシーに、あまり疑問を感じてないから、こういう発想をするのでしょう。今、現在、すでに優先される側でなくなった者として見ても、このポリシーは妥当である、と感じるんですもの。(実際に、そういう場面に立ったとき、自分がどのような行動をするかは、その時まで分かりませんが。)
昨日の「ダーウィンが来た」でも、ニタリクジラが苦労しておりましたが、オスはたいへんです。でも、とってもひどい話ですが、その後、死んじゃってもよいオスと違って、メスは、その後、妊娠、出産、育児・・・と、体力的にも精神的にも時間的にも空間的にも、かなりリスキーな状態が続きます。(<ハインライン的に言えば、「ほんのちょっぴり妊娠するわけにはいかない」)。だから、オスのたいへんさは、それと見合うぐらいでないと不公平だよなぁ・・・と、メスの一人としては思うわけです。先払いしてもらわないとね、と。(<これも、スイーツ(笑)という罵倒対象かな。)
※ 仔を持つ可能性が高い・・・というのは、一体でも仔を持つ可能性、という意味で、です。
「たくさんの仔を持つ可能性」は、メスよりもオスのほうにあります。ただし、選ばれたオスにだけ、ですが。
たいへん不公平な話ですが、これは、種が滅びないための戦略なので、どうしようもないと思います。子孫繁栄の戦略の前では、個人的なリソース分配の公平不公平感の問題は、問題外です。世間の(特に若い男性からの)おばさんに対する蔑視や冷たさを嘆いても仕方がありません。そういうものなのでしょう。
※ しまった。このお話は、「下流志向」ではなくて「ひとりでは生きられないのも芸のうち」のほうだった。