子育ての孤立感

昨日の悪天候のせいで、電話やらCATVやらいろいろと回線にトラブルが発生してしまった。

で、保安器をチェックしてもらうために駐車場(我が家の車は売っちゃったので貸してる)に止めてある車を動かして欲しくて契約者さんのお宅に電話をしたのだけれど、平日の昼間だもので、契約者の奥さん(だと思う)が、電話口で対応してくださった。
電話の向こうからは小さな子どもふたりの声が響いてきて、喧騒がひしひしと伝わってくる感じがした。たぶん、上の子が幼稚園に入るか入らないかぐらいで、下の子がまだ赤ちゃんなんだろうな、と思う。電話口の女性の声は、ものすごーく迷惑そうで、子どもを叱り飛ばしながら、子どもがいるから、いろんなことができないのだと説明していた。

喉元をすぎるとすぐに忘れちゃうけれど、紫野も小さな子どもを育てたことがあるから(ひとりだけど。ひとりと複数じゃ大違い。)、そういう気持ちはよく分かるし、電話で話しながら、あぁ、あの頃は確かにそうだったよね、と思ってしまうのだけれど、でも、たぶん、その「子どもがいるから」「いろんなことができない」感じって、経験したことのない人には分かりづらいのだろうなぁ、とも思った。
だって、社会はね、まだまだ、どんな理由があるにせよ「出来ない」ことに対して、かなり寛容さに欠けるしね。それが分かっているから、余計に迷惑なんだよね、こういう電話。実際、赤ちゃんがいると電話のコール音だけでも、十分迷惑ってタイミングあるんだけど、架ける方には分からないものだしね。(<って、電話かけた本人が思ってしまった。結局、原因は判明したので保安器を見る必要もなくなり、車を動かしてもらう必要もなくなった。)

あの孤立感と、あの苛立ちと、あのどうしようもないどうしようもなさ。
追い詰められて、孤独で、でも、誰も助けちゃくれない、というあの泣きたくなるようなどうしようもなさを思うと、子育てを孤独にしちゃいけないよね、としみじみ思う。

そう思わせてしまう何かが、今のこの社会にはあるんだと思う。
どうすればよいのかな。

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