従容と従ってやる義理はない

日本の軍歌が、なぜあんなに短調なんだ?と言う意見を読んで思い出したのは、内田樹さんの日本辺境論だった。
あの主体性のなさとか、被害者的哀愁だとかは、どこか外側に絶対者がいて、自分はその波に揉まれるだけだ、と、普通に刷り込まれてるからだろう。辺境人のメンタリティだな。
で、無意識に、理不尽に耐えることは美徳であると思い混んでるんだよな、うん。

だが、しかし、ここまで欧米化しといて、その態度は卑怯だろう。だいたいの場合、運命なんかじゃなくて人の所業である、と気づいているはずなんだから、理不尽と闘わないことは理不尽を助長することを許していることになる。わしらは、もう無力な無辜の民なんかじゃない。従容として従ってやる義理などないってことだ。いつまでも母親の背中の後ろに隠れている訳にもいくまいて。

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