鼻歌
紫野には、気づくと鼻歌を歌っているという癖があるが、最近、ふと気づくと、「I was only trying to help…」(<テレビシリーズの 「フェーム 青春の旅立ち」 でドリスが歌っていた)を歌っていることがあり、それで、逆に「なんか、落ち込むことでもあったんかなぁ」と自分に突っ込んだりしている。意外と、意識してないところで、穿たれているのかもしれん(苦笑)。
紫野には、気づくと鼻歌を歌っているという癖があるが、最近、ふと気づくと、「I was only trying to help…」(<テレビシリーズの 「フェーム 青春の旅立ち」 でドリスが歌っていた)を歌っていることがあり、それで、逆に「なんか、落ち込むことでもあったんかなぁ」と自分に突っ込んだりしている。意外と、意識してないところで、穿たれているのかもしれん(苦笑)。
学校裏サイトのいじめ解決が実はマッチョの成功体験だったという話 – E.L.H. Electric Lover Hinagiku
元ネタの吉田氏のエントリもひとりの親として読んでいたのだけれど、このエントリを読んで、あぁ、そういう受け取り方もあるんだなぁ、と、あらためて思った。人間って、ほんと、いろいろだよね。すごい。
吉田氏のアプローチは、時として(ヘタな小細工をせず)、真正面からドンっ!と行ったほうが、うまく行くこともあるって例だよなぁ、と、変なところに感心したりしていた。まぁ、なんというか、ホンモノって強いのだよな、と。ホンモノの気持ちってヤツが通じる世の中なら、そんなに捨てたものじゃない、と思えてうれしい。
でも、こんなふうに行動を起こしてくれる父親を持つお嬢さんは、きっと、さらにやっかまれることだろうと、娘を持つハハとしては変な心配もしてしまう。妬み/やっかみというヤツは、本人にもどうにも出来ない部分があるからほんとに厄介だしね。
でも、そういう父親が自分も欲しかったから、(たとえ他人の父親でも)そういう父親が存在してくれると嬉しいぞっと思う(笑)
今のいじめは、いわゆる「弱いものイジメ」と、数を頼んでの妬み/やっかみによる「引き摺り下ろし」と、両方あるように思う。
どちらにしても、やってるときはスッとするかもしれないけれど、いずれしっぺ返しが来るんだよ、ということを、どうしたら「腑に落ちて」くれるかなぁ、などと考えることがある。でも、特に子供は、将来のことに思い致すのが難しいイキモノだからなぁ、と考えが止まってしまう
(<をい、そこでメゲてどーする)。いや、でも、紫野自身が「いずれ」なんてことを言われても聞く耳をもたなかったからなぁ。そして、お約束どおり、かつて警告されたとおりに後悔することになった。でも、その当時は「今」だけで手一杯だったのさ。だから、お節介にも、「いずれ」といい続けることぐらいしか出来ないのかも。せめて1%でも頭に残ってくれたら、それで少しは何かが変わるかもしれない。(<なんか、卑小な目標だな。)
自分が他者に与えたものは、いずれ自分に還ってくる。善いものも悪いものも。だから世界は回っている(<違っ。)
で、それって、たぶんね、(相手と自分自身の)誇りの問題だと思うのだよね。(<あいも変わらず唐突。)
賢くてもそうじゃなくても、強くても弱くても、自身のなかに誇りを持ってば、きっと、まっすぐに真正面に顔を上げていられる。そして、そういう視線に、後ろ暗い気持ちは耐えられない。
だから、まず、外から入るのもありかもしれない。顔をあげて、ホンモノの気持ちで、自分を正当化するでもなく、卑下するでもなく、相手を伺うでもなく、ただ、真正面から視る。
※ コメントでのやり取りがよかったです。予定調和的ではあるけれど、ブログで大人の対応を見たな、という感じで。ちょいと慇懃無礼ちっくなのは、知的スノッブのご愛嬌ということで(<違っ)
お春が、Windowsのオマケのペイントよりもよいソフトがないか?と質問してきたので、お春の端末にGIMP をインストールした。(言っておくが、おかーさんは、使い方を教えることはできんぞ、と念を押して。)。紫野には完全にオーバースペックなGIMPなのであるが、お春はいろいろ触ってみて気に入ったようで、なにやら、とっても楽しそうに描いている。
紫野には、お春が楽しそうだということは分かるけれども、その「描くこと」の楽しさを実感することは難しい。(この分野にかつて一度も興味を持ったことがないことは確かだ。)無理して挑戦しなくちゃいけないってわけじゃあないけど、ちょっとだけ、お春が羨ましい…、ね。
子育て中の親として、自身も子育てする年齢になった子供として言ってみると(<まんまと、釣られてるわけだが・笑)、
バカでも親は親。親のメシを食べている限りは、その程度の理不尽は我慢しなさい。親子というのは(たとえ、親のメシを食べなくなった後も)、もともと同等ではありません。
…だったりする。(<をい)
au one アドレス帳 も、au one メールの連絡先と同期してくれれば、ハッピーなのにな…と思った。かなり惜しい。PC側で利用しているときアドレスが分からないってのは、けっこう凹むよね。ここまでやってて(/ここまでやらせておいて)、携帯みながら手で打ち込むって、かなり情けな感が漂ってしまう。
※ 紫野のスキルだと携帯でアドレス打ち込むよりPCで打ち込んだほうが断然早いというのは、似て非なる話。
Twitterに「ぶっ殺す」とか書き込ませない情報リテラシー教育 – 雑種路線でいこう
ひとつだけ教えるべきは「ネットで何をやってもみているひとがいるよ」ということを伝えること
「おてんとうさま」という言い方も廃れてしまったようで、いち個人として(母親としてでなく)哀しむ。
ネットのむこうにリアルな人/世界がある、ということを、物心ついたときにはネットに触れている子供たちに実感させるには、実際、ネットの向こうの人に合わせてみるのが一番なのかしら、とか思う。それが親じゃ、全然ダメかな。う”~。
当然の前提として「見られているからやらない」という壁が築かれていることが必要なんだろうけど、それが出来てるかという部分ですでに怪しい…みたいな泣ける状況だったりするからなぁ(<泣くな、情けない。)
ネットの向こうの前に、リアルな手の触れる領域での壁が先だ。(<こっちは、ひとりの母親としての発言。)
だって、「おてんとうさまが見ているからやらない」のは損得勘定じゃぁない。なけなしの誇りなんだからね。
…というわけで、このエントリ、見てるか? >お春