ゲームのルールは変わっている

404 Blog Not Found:私はこうしてクビを切りました

朝の通勤電車のなかで、つらつらと考えてみた。

「マジメにコツコツと実直にがんばれば首を切られることはない」というルールは、すでに、もう、ない。

かつての日本企業にはそういう温情があったのかもしれないし、学生時代はそんな寒風にさらされることはほとんどないけれど、どんなに文句を言ったところですでに(まだ「企業によっては」という保留付きかもしれないけれど)、「求めるものを提供できない従業員を解雇するのは当たり前」という時代になっている…のだと思う。

そして、その傾向は拡大し強まるかもしれないが、昔にはもう戻らない。(たぶん<弱気)。

だったら、どうすれば解雇されるリスクを減らせるのか?という問いを、間違ってマッチョにしたりすると、予想どおりの、マジ死ねる回答が来るのだろう。そいでもって、ゲームのルールが変わっていることを教えてくれないなんて卑怯だ、と言っても、きっと、泣き言としか受け取られない。面と向かって言われないかもしれないけど、そう考えるだろうなぁ…と思う。
マッチョに尋ねるべき質問じゃない、うん。

かろうじて逃げ切った団塊の世代をうらやんだって何も実りはないし、自分よりも後の世代のほうが、きっともっと酷い目にあう、と考えてみても、まったく慰めにならない(自分にとっても後の世代にとっても)。

もともと、日本に生まれ育った幸運は、自分の努力のせいで手に入れたものではないから、そんな幸運を得られなかった人々と同じ土俵でパイを奪い合うことになれば、負けないためには、より必死にならなければならないはず。

殺されず犯されず飢えを感じずに、あったかいお布団で明日があることを疑わずに眠りにつける幸福を、この年まで満喫しているのだから(そして死ぬまで手放すつつもりはないのだから)、それぐらいで泣き言を言うな、といわれるかもしれない…よね。無事に成人できて、この年齢まで生きているというだけで、かなりの僥倖といえなくもないのだから。

上級職を求めようとしなければ家族と自分を食わせていけるだけの仕事はある、というぐらいのセーフティネットが社会のインフラとして用意されなければ困るけれども、上級職を求めるなら、泣き言を言うなよ、というオチだったりして。嫌な時代だなぁ。

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