夢を見るのは
職場で、なにかとご縁があって、これから先の2年から5年先くらいの未来にどうなっているべきか?というT/Fに参加していたりするのだけれど、そういう場で「それは無駄」とか「合理的な進め方じゃない」という批判をするって、どうなのかなぁ…と、ちょっと、感じる出来事があった。
もちろん、仕事をする上で非合理的なのはいただけないのだが(文字どおり「時は金なり」。)、しかし、まだまだこれから夢を見ようか、という段階の議論なので、「それは無駄」とか直線的に最短の結果をもとめるような態度をとってしまうと、夢も見られない。行ったり来たり、やってみたら無駄だったり、回り道をしたり、(でも、そのおかげで、そのやり方では問題があるということが初めて分かるわけぢゃない?)、その過程が必要(無駄じゃない、とは言わないが。)な所に、今、立っているのじゃないか、と個人的には思っていて、幸い、それほど結果を急ぐ理由もないので、贅沢にやってもいいのかな、と鷹揚に構えてみたいのだが。今は未だかつてないほどに好条件がそろっていて、個人的には二度とない好機のような気がしているから。
…でも、まぁ、人それぞれに、いろんな意見があるからなぁ。
無駄と思えることにも意味がある(そういうのを「遊び」と呼んだりするよね)。それもまた、この世界の秘密のひとつなのじゃないだろうか。いや、決して「遊び」たいわけじゃなくてね(苦笑)